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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)85号 判決

原告

東洋製罐株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和61年2月13日、同庁昭和58年審判第10989号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

訴外吉崎鴻造は、昭和53年4月24日、名称を「延伸プラスチツクびん及びその製法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和53年特許願第47659号)をしたが、原告は、昭和57年6月28日吉崎から右の特許を受ける権利を譲り受け、同年8月19日被告に対しその旨特許出願人名義変更の届出をしたが、昭和58年3月16日拒絶査定を受けたので、同年5月19日これを不服として審判を請求し、昭和58年審判第10989号事件として審理され、昭和61年2月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年3月19日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願発明のうち、明細書の特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨は、次のとおりである。

エチレンテレフタレート単位を主体とするポリエステルの延伸ブローにより形成され且つ実質上未延伸の厚肉の首部と延伸配向された胴部とを備えたびんにおいて、前記首部と胴部とは、首部との接続部で急激に薄肉化され且つ実質的な部分が径方向に延びている肩部を介して接続され、且つ前記接続部の近傍の肩部の厚みをμ2及び前記胴部の厚みをμ1としたとき、μ2/μ1の値が0.8乃至3.0の範囲にあることを特徴とする低収縮性延伸プラスチツクびん。(別紙図面(1)参照)

3  本件審決理由の要点

本願第1発明の要旨は、前項記載(明細書の特許請求の範囲第1項の記載に同じ。)のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された特開昭52-105089号公開特許公報(以下「引用例」という。)には、ポリエステルの延伸ブローによつて成形されたポリエステル製びんであつて、未延伸の首部とそれに続く径方向に延伸された肩部とそれに続く延伸された胴部及び底部を有するポリエステル製びんが記載されている。

そこで、本願第1発明と引用例に記載されたものとを対比検討すると、ポリエステルとしてエチレンテレフタレート単位を主体とするものは周知であるので、両者は、同じポリエステルの延伸ブローによつて成形され、未延伸の首部とそれに続く径方向に延伸された肩部と、それに続く延伸された胴部を有するポリエステル製びんである点で同一であり、(イ)本願第1発明のびんは首部が肉厚になつており、首部から肩部への接続部で急激に薄肉化されているのに対して、引用例にはその点の明示を欠く点及び(ロ)本願第1発明のびんは肩部の接続部近傍の厚みと胴部の厚みの比が0.8ないし3.0の範囲にあることを規定しているのに対して、引用例にはその点の明記を欠く点で一応両者は相違するものと認められる。

右相違点について検討すると、(イ)については、未延伸のポリエステルは強延伸されたものに比較してやや脆いことは、当該技術分野において周知のことであるので(必要ならば原査定の拒絶理由に引用されている特開昭51-53566号公開特許公報を参照)、未延伸の首部の強度を高めるために、その厚さを延伸された肩部より肉厚にしておくことは、引用例記載のポリエステル製びんにおいても、当業者が必要に応じて適宜になし得ることである。(ロ)については、引用例記載の延伸ブローによつて成形されたポリエステル製びんの大略を示すものとして記載された図面(別紙図面(2)参照)は、肩部の首部からの接続部近傍の厚みと胴部との厚みはほぼ同じ厚さのものを示しているので、(ロ)は格別の相違点とすることはできない。そして、引用例記載の首部を除いた延伸ブローによつて成形される部分のびんの構造は実質的に本願第1発明と同一であるので、同様に低収縮性のびんであるものと解され、本願第1発明の効果は格別のものとは認められない。

したがつて、本願第1発明は、引用例記載のものと周知事実より、当業者が容易に発明し得たものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

引用例に本件審決認定のとおりの記載があること、本願第1発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであること、並びに未延伸のポリエステルは強延伸されたものに比較してやや脆いことが当該技術分野において周知の事実であることは認めるが、本件審決は、本願第1発明の構成上の特徴及び作用効果を看過した結果、右相違点についての認定判断を誤り、ひいて、本願第1発明が引用例記載のものと周知事実より当業者が容易に発明し得たものとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 本件審決は、相違点(イ)については、周知事実から適宜なし得るものであり、また、相違点(ロ)については、引用例の図面(別紙図面(2))の開示するところから格別の相違点とすることはできないと認定判断するが、右は本願第1発明の構成上の特徴を看過したことに基因し、相矛盾した判断をしたもので誤りである。すなわち、本願第1発明は、その低収縮性延伸プラスチツクびんにおいて、(A)首部から肩部への接続部で(延伸により)急激に薄肉化されていること、及び(B)この薄肉化の程度が肩部の首部接続部近傍の厚み(μ2)と胴部の厚み(μ1)の比(μ2/μ1)が0.8ないし3.0の範囲であることの2つの構成を一体不可分的に結合した点に重大な技術的意義を有する発明であり、右構成(A)と(B)とは主・従一体不可分の関係にある。この点を詳述するに、まず、本願第1発明の延伸プラスチツクびんにおいて、首部から肩部への接続部で急激に薄肉化されているというのは、未延伸の首部と延伸により薄肉化された肩部との境に急激なくびれ(ネツキング)が形成されていることを意味し、この構成を第1の要件とするものである。本願第1発明は、延伸ブローにより形成されたポリエステル製容器の熱収縮性及び経時収縮性は、容器壁の配向度(密度)と密接に関連しており、配向度がある下限値(具体的には1.345g/cm3)よりも小さい未配向ないし低配向の容器壁部分及び配向度がある上限値(具体的には1.355g/cm3)よりも上の高配向の容器壁部分では、このような収縮傾向が小さく、容器全体としての収縮傾向は密度が前記下限値と上限値の間にある中間配向度の容器壁部分の面積にほぼ比例するとの発見に基づくものであるが、この中間配向度の容器壁部分の占める面積を低減させるためには、まず首部と肩部との接続部で急激に薄肉化することが必要であり、更に、本願第1発明においては、肩部の首部接続部近傍の厚みと胴部の厚みの比(μ2/μ1)が0.8ないし3.0の範囲となるように肩部の薄肉化が行われていることを構成の第2の要件としている。このように、本願第1発明の延伸プラスチツクびんにおいては、首部と肩部との接続部で急激に薄肉化を行うことが中間配向度の容器壁部分の面積を減少させるために重要であると同時に中間配向度の部分の面積比(R1)を10%以下に抑制して耐収縮性を向上させるためには、前述のとおり厚み比(μ2/μ1)が0.8ないし3.0の範囲内でなければならない。なお、接続部における急激な薄肉化の程度を、首部との関係ではなく、胴部との関係で厚み比を特定しているのは、延伸ブローによるポリエステル容器の場合、胴部は1.355g/cm3よりも大きい密度を有するように高度に配向されており、一方、肩部における配向度は、首部厚み基準よりもむしろ、肩部の首部接続部近傍の厚みと胴部の厚みの比で表すのがより適切であるからである。事実、本願第1発明によれば、その明細書の実施例2の第2表に示すとおり、厚み比(μ2/μ1)を3.0以下とすることにより、中間配向度の容器壁部分の面積比(R1)を10%以下に抑制し、延伸プラスチツクびんの経時収縮率(温度37℃及び相対湿度60%の雰囲気中に30日間放置した場合の内容積の収縮率)を2%以下に減少させることが可能となる。以上述べたとおり、本願第1発明は、前記構成要件(A)及び(B)を一体不可分の関係に結合させたことにより、中間配向度の容器壁部分の面積比(R1)を10%以下に抑制することを可能とし、これにより、ポリエステル製プラスチツクびんの熱収縮性及び経時収縮性を低いレベルに抑制することを可能としたものである。しかるところ、本件審決は、本願第1発明の主たる構成要件である前記(A)の構成については、相違点(イ)として引用例にはこれに対応する記載がないと認定したのであるから、引用例にはその「薄肉化」の程度についてはもとより何らの記載も示唆もないというほかないのに、本願第1発明の従たる構成要件である前記(B)の構成に関しては、相違点(ロ)は引用例の図面に開示するところから格別の相違点とすることができない。すなわち、前記(B)構成については引用例に記載があると判断したものであつて、その認定判断は矛盾し、誤りというべきである。

2 本件審決は、相違点(イ)について「未延伸の首部の強度を高めるために、その厚さを延伸された肩部より肉厚にしておくことは」当業者が必要に応じ適宜なし得るものとするが、右判断は、本願第1発明の構成上の特徴及び作用効果を誤認したものである。延伸プラスチツクびんにおいては、びんの首部の厚さを単に肉厚にすることと首部から肩部への接続部で急激に薄肉化することとは、全く別の構成であり、作用効果も全く異なる。未延伸の首部を厚くすると、肩部における首部接続部も必ず厚肉になるのを避け得ない。何となれば、従来の延伸ブロー成形では、一般に肩部の胴部接続部から首部接続部の方向へ延伸の程度が次第に減少し、肩部の胴部接続部で延伸が最大、肩部の首部接続部で延伸が最小となる匂配を示すからである。かくして、首部の厚さを単に肉厚にすることでは、首部から肩部への接続部で急激に薄肉化するという本願第1発明の前記(A)の構成に到達することはできず、また、未延伸の首部を肉厚にすると、首部の強度は高められるが、中間配向度の容器壁部分の占める面積を低減させて、延伸プラスチツクびんの経時収縮率を減少させるという本願第1発明の前記の作用効果は到底奏することができない。

3 本件審決は、相違点(ロ)について、引用例の図面(別紙図面(2))には、肩部の首部接続部近傍の厚みと胴部の厚みとがほぼ同じ厚さのものを示しているので、格別の相違点とすることはできないと認定判断しているが、右認定判断は、引用例の記載を誤解し、本願第1発明との対比判断を誤つたものである。すなわち、引用例の特許出願当時における技術水準のもとで理解把握できる範囲内では、引用例の図面に記載された技術的事項も引用例に開示された技術的思想ということができるが、本願発明の特許出願当時においても、延伸ポリエステル容器の首部と肩部との接続部で(延伸により)急激に薄肉化を行うことは全く知られていなかつたものである。しかも、引用例の前記図面は、延伸ブローにより形成されたポリエステル製びんの概略の形状を示すものであり、各部分の厚みの関係までも示すものではない。何となれば、引用例には、「その2軸延伸によつて壜は肉薄となし得るから材料が節減できると共に強度も又高まることが知られているが、一般にその延伸は壜胴部において行い易く、壜底壁の特に中央部分においては行い難いものであつた。」(甲第3号証第2頁左上欄第4行ないし第9行)と記載されており、その特許出願人は、2軸延伸によりびんは薄肉化されること、及びこの薄肉化は胴部において最も顕著であることを熟知しながら、右図面には、未延伸の首部並びに延伸された胴部、肩部及び底部を通じ、延伸による器壁の薄肉化をすべて無視してすべての器壁を一様な厚みで示しているのであつて、このことから引用例の右図面がびんの形状のみを説明するものであつて、実際の厚みの関係まで示したものでないことが明らかである。そのうえ、従来の延伸ポリエステルびんにおいては、肩部の接続部近傍の厚みと胴部の厚みの比が3.0よりもかなり大きいものであるとともに、中間配向度の部分の面積比が10%以下となるような分子配向を与えることが困難であつた。例えば、引用例記載の発明の特許出願当時、実際に延伸ブローによるポリエステルびんの厚みを測定した結果を示す特開昭52-126376号公開特許公報(甲第5号証)の第8頁表1及び第11頁表5によると、肩部の首部接続部(第1図の測定部位1)の厚みμ2と胴部(第1図の測定部位4)の厚みμ1との関係は、

μ2(mm) μ1(mm) μ2/μ1

比較例1 0.85 0.23 3.7

実施例1 0.90 0.24 3.8

実施例3 0.98 0.22 4.5

比較例4 0.95 0.23 4.1

であつて、当時のポリエステルびんにおけるμ2/μ1の値は3.0よりも大きいものであつた。また、本願発明の発明者の一人山田宗機の実験報告書(甲第7号証)によると、本願発明の明細書の実施例1の実験No.4、6及び7の追試実験(μ2/μ1が1.5のもの)では、肩部と首部との接続部から急激に薄肉化されているとともに、肩部の首部接続部近傍の密度が胴部の密度と同じであることから、肩部は首部接続部近傍から胴部とほとんど同程度に分子配向されており、一方、同実施例の実験No.8(本願第1発明に対する比較例、μ2/μ1が4.0のもの)の追試実験の延伸ポリエステルびんでは、肩部と首部との接続部で急激に薄肉化することが困難であるとともに、肩部の首部接続部近傍部分の密度(1.339g/cm3)が胴部のそれ(1.369g/cm3)に比し著しく小さいことから肩部に首部接続部から胴部と同様の分子配向を与えることができないことが明白である。

4 本件審決は、本願第1発明の作用効果は格別のものとは認められないと認定判断するが、右認定判断は誤りである。すなわち、引用例には、その記載の延伸プラスチツクびんが低収縮性のものであること、及び容器の経時収縮傾向が中間配向度の容器部分の面積比(R1)に依存し、これを減少させることが経時収縮性を低減させるうえで重要であることについては、何らの記載も、示唆するところもない。これに対し、本願第1発明は、前述のとおり、前記構成(A)及び(B)が一体不可分の関係に結合することにより中間配向度の容器部分の面積比(R1)を10%以下に抑制することを可能とし、これにより延伸プラスチツクびんの経時収縮率を2%以下に抑制することができるようになつたものであり、このような作用効果は、引用例記載のびんでは到底達成し得ないし、当業者といえども、引用例や本件審決認定の周知事実から予想し得るところではない。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1 原告主張4 2について

原告は、延伸ポリエステルびんにおいて首部を厚肉にすると肩部が次第に薄肉になるように延伸される旨主張するが、引用例記載のものにおいても、びんの肩部は、首部接続部より胴部と大体同等の厚さに延伸されているものと認められる。なぜなら、肩部が径方向に急激に拡開されたこの種のびんを引用例のようなパリソンの首部を固定して金型内で2軸延伸ブローにより成形(本願発明の製法と相違はない。)すれば、引用例の第1図に明記されるように、肩部は、首部とは特に関係なく、首部接続部より胴部と大体同等に延伸されるものである(乙第1号証図面参照)。このように、引用例記載のものは、肩部以下の延伸は首部とは特に関係がなく、首部を厚くしても肩部が次第に薄肉となるように延伸されるものと認められない。

2 原告主張4 3について

引用例記載のものは、1に記載のとおりと認められるから、本件審決が、引用例図示のびんに、肩部の首部接続部近傍の厚みと胴部との厚みはほぼ同じ厚さのものが示されていると認定した点に誤りはない。

3  原告主張4 4について

引用例の第1図に示すびんと本願第1発明のびんとを比較すれば、両者は、直接関係のない首部の肉厚の点を除いて、同一の構造であることは、前述のとおりであり、したがつて、両者はその作用効果において相違するところはない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願第1発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があること、並びに本願第1発明と引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点があることは原告の認めるところ、本件審決は、次に説示するとおり、本願第1発明の構成及び作用効果を看過し、かつ、引用例に開示された技術的思想を誤認した結果、本願第1発明と引用例記載のものとの右相違点についての認定判断を誤り、ひいて、本願第1発明は、引用例記載のものと周知の事実より、当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。

1  前示本願第1発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)を総合すれば、本願第1発明は、加熱時の収縮性や成形後の経時収縮性が著しく低いレベルに抑制されたポリエステル製延伸ブロー成形プラスチツクびんに関するもので、従来の肉厚首部を有する2軸延伸ブロー成形によるポリエステルびんは、未延伸の首部から延伸された胴部に至る肩部において器壁が徐々に薄肉化するものであり、熱収縮性及び経時収縮性が大きい欠点があり、このような経時的収縮の欠点を補う方法として、延伸ブロー成形後に容器を比較的高温下に置いてあらかじめ強制的に収縮させ、あるいは容器の幾何学的形状を実質的に変化させない拘束条件下で熱処理する方法が知られていたが、これらの方法は、工程の増加を招き、容器の生産速度が減少し経済上好ましくなく、実用化が困難であるほか、容器壁中の分子配向度の比較的低い部分が熱処理温度が高い場合あるいは熱処理時間が長すぎる場合には白化現象を生じ実用上極めて効率が悪い等の欠点があつたところ、本願第1発明は、この欠点を克服することを目的ないし課題とし、ポリエステル容器の熱収縮性及び経時収縮性は、容器壁の配向度、すなわち密度と密接に関連しており、この配向度(密度)がある下限値よりも小さい未配向ないしは低配向の容器壁部分及びこの配向度(密度)がある上限値よりも上の高配向の容器壁部分では、このような収縮傾向が小さく、容器全体としての収縮傾向は配向度(密度)が上記下限値と上限値との間にある中間配向度の容器壁部分の面積にほぼ比例するとの知見に基づき、課題解決手段として、エチレンテレフタレート単位を主体とするポリエステルの延伸ブローにより形成され、かつ、実質上未延伸の厚肉の首部と延伸配向された胴部とを備えたびんにおいて、首部と胴部とは、首部との接続部で急激に薄肉化され、かつ、実質的な部分が径方向に延びている肩部を介して接続され、右接続部の近傍の肩部の厚みをμ2及び胴部の厚みをμ1としたとき、μ2/μ1の比が0.8ないし3.0の範囲にあることを特徴とする構成、すなわち、本願第1発明の要旨(明細書の特許請求の範囲第1項の記載に同じ。)のとおり構成を採用したものであり、この構成を採ることにより、容器壁中中間配向度部分の占める面積比を低減させることが可能となり、その結果、前叙の熱収縮傾向や経時収縮傾向を著しく低いレベルに抑制する優れた作用効果を奏することを認めることができる。

2  他方、引用例が本願発明の特許出願前に頒布された公開特許公報であることは、原告の明らかに争わないところ、前示原告の自認する引用例の記載内容に成立に争いのない甲第3号証(引用例)を総合すれば、引用例記載の発明は、2軸延伸させたポリエステルびん及びその製造方法並びに製造用装置に関するもので、従来の延伸ブロー成形ポリエステルびんにおいては、一般に延伸は胴部において行いやすく、その底壁、特に底壁中央部分では延伸され難く、その結果、びんを誤つて落したような場合に底壁が損傷されやすい欠点があつたことから、引用例記載の発明に係るびんは、この欠点を解消し、延伸困難な底壁を延伸させ強度を高めることを目的ないし課題とし2軸延伸ブロー成形の際に底壁を下方からの押上げによりびん内方へ隆起状に強制延伸させる構成により、その目的を達成したものであること、そして、その図面の第1図、第3図及び第4図(別紙図面(2))には器壁が全体にわたつて均一の厚さのびんが示されているが、びんの底壁以外の部分については、底壁中央部を除く底壁周縁部は胴部と同様に圧縮空気の吹込みにより膨脹させるとの記載があるだけで、右記載のほかには、特段の記載がなく、また、熱収縮性及び経時収縮性に関する本願第1発明の教示する技術的思想については、これを開示し、又は示唆する記載が全くないことを認めることができる。

3  そこで、原告が争点とする本願第1発明と引用例記載のものとの本件審決の相違点についての認定判断の当否を検討するに、相違点(ロ)について、本件審決は、引用例の図面は、「肩部の首部からの接続部近傍の厚みと胴部との厚みはほぼ同じ厚さのもの」を示しているので、相違点(ロ)、すなわち、本願第1発明のびんが肩部の接続部近傍の厚みと胴部の厚みの比を0.8ないし3.0の範囲にあることを認定しているのに対し、引用例にその点の明記を欠く点については格別の相違点とすることはできず、したがつて、両者のこの点の構造は実質的に同一であり、また、この点についての本願第1発明の効果も格別のものと解し得ない旨認定判断するところ、右に相違点として示された本願第1発明の構成は、本願第1発明が課題解決のために採用した技術的手段の特徴的構成をなすものであり、この点についての技術的思想を引用例記載のもの(図面を含む。)が全く欠除することは前認定説示したところに照らし明らかであり、また、本願第1発明が右構成により顕著な作用効果を奏することも前認定のとおりである。そうすると、本件審決の右相違点(ロ)についての認定判断は、本願第1発明の構成上の特徴及び作用効果並びに引用例の開示する技術的思想を看過、誤認し、その結果、本願第1発明と引用例記載のものとを対比判断するに当たり、両者の右相違点の構成を同一視する誤りを犯したものというべきである。この点に関し、被告はその主張を補強する証拠として、乙第1号証を挙示するが、成立に争いのない乙第1号証によれば、同号証記載の発明は、ポリエステル製のくもりびん及びその製造方法に関するものであつて、従来金型面を粗面にしておくことにより製造したくもりびんがコスト高であるため、その欠点を除去することを課題とし、右課題解決のため従来の方法と異なる方法とその方法によるポリエステル製のくもりびんを提供したものであり、そこに開示された技術的思想は本願第1発明の前示の技術的思想とは異なるものであり、また、これを示唆する記載も全くないことが認められるから、同号証は、被告主張を立証する資料とは認め難く、その他前認定説示を覆し、被告主張の事実を認めしめるに足りる証拠はない。

4  してみると、本件審決は、その余の点について判断を加えるまでもなく、叙上の点において、本願第1発明と引用例記載のものとの対比判断を誤り、ひいて、本願第1発明をもつて引用例記載のものと周知の事実より当業者が容易に発明をすることができるとの誤つた結論を導いたものというべきである。

(結語)

3 よつて、本件審決を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 舟橋定之)

〈以下省略〉

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